塩沢とき、ガン人生を駆け抜ける・松本潤(嵐)に関するニュースを取り上げてます(主に)

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塩沢とき、ガン人生を駆け抜ける


 独特の髪形とトークでバラエティー番組などでも活躍した女優でタレントの塩沢とき(しおざわ・とき、本名・塩沢登代路=しおざわ・とよじ)さんが17日午前3時23分、スキルス胃がんのため都内の病院で死去した。79歳。葬儀は、すでに近親者のみで済ませた。塩沢さんは、30歳で舌がんを患ったのをはじめ、2度の乳がんを経験するなど、がんと闘いながらの芸能人生だった。6月下旬にお別れの会を開く予定という。

私が小さい時によくテレビに出ていた記憶がありますが、そんな時もガンを患っていたのですね・・・
 訃報を聞いて初めて知りました。

詳細は以下から
 奇抜なヘアスタイルと、大きな眼鏡、過激な発言で人気者となった塩沢さんは、最期は静かに天国へと旅立った。
関係者で密葬 所属事務所によると、塩沢さんは、2006年4月スキルス胃がんが見つかり入院。がんは肺などに転移しており、右肺を切除する手術も受けた。同年10月に、一度は退院したが、転移が見つかり今年2月に再入院した。生涯独身で親族にも先立たれていた塩沢さんは、担当マネジャーに最期をみとられ、帰らぬ人となった。
 「自分のやせ細った姿をみせたくない」という塩沢さんの遺志により、18日に都内で事務所関係者らにより、密葬が営まれたという。
 塩沢さんは、「多重性がん」の体質で人生の多くの時間をがんと闘っていた。30歳だった1958年、舌がんの手術を受けた。その後、1985年には、右乳がんで乳房を摘出。さらに2004年には左乳がんが見つかり、左の乳房も失った。
 常に健康に気を配り、再発の恐怖も抱えたが、明るさだけは失わず、豪快なキャラを通し続けた。それでも、がんとの闘いは終わることはなかった。2006年胃がんで入院後も、転移に苦しみ続けた。病棟では、最後まで復帰への執念をみせたが、それもかなわなかった。
来月下旬お別れの会 塩沢さんは1947年、東宝ニューフェイスに選ばれ、芸能界入り。映画やテレビドラマなどで個性的な役を数多く演じた。1984年にフジテレビ系トーク番組「いただきます」に出演し、人気者となった。最後の仕事は、2006年1月放送のフジテレビ系2時間ドラマ「新 細うで繁盛記」だった。
 生前、親しかったタレント・黒柳徹子らが発起人となり、6月下旬にお別れの会を開く予定。

私の記憶では塩沢さんはかなりの毒舌で大きな頭(髪型)とメガネ、それと特徴的な話し方が印象的でした。
 独身だったのですね。
ご冥福をお祈りします。

(引用元:ライブドアニュース
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